豊和技研株式会社の歴史

豊和技研株式会社の歴史

2022.02.04創業者 プロフィール[2]

次に、ここで自分の前半生の時代にあって最初で最後になるサラリーマン時代を簡略化し、記しておきます。
日比谷総合設備時代、日本総合建築事務所時代、総合設備コンサルタント時代になります。

▶社史「日比谷総合設備時代」について。

昭和42年4月、縁あって日比谷総合設備、本社第1期生として入社しました。日比谷は当時
創業したばかりで、電電公社による電話局を専門とする設備工事会社でした。
同期生出世頭は常務にまで登りつめました。私は2年11ヵ月在籍しました。
日比谷での最後の仕事は静岡県伊豆半島稲取の「全電通労働学校団結の家」新築工事でした。
そこが竣工してから退社しました。
この工事の設計監理は日本総合建築事務所(略称:日総建)でしたが、これが縁となり、私はこの日総建に入ることになりました。
やはりこの設計事務所も電電公社による電話局を設計する設計事務所でした。
この日比谷総合設備、日本総合建築事務所の経験から私の人生を決めることになっていきました。
この設計事務所入社後、10年した頃から私は40歳で会社起業する目標を決めていました。
目標が決まると、益々積極思考でチャレンジする姿勢で仕事が出来ていきました。

豊和技研株式会社
愛知県名古屋市天白区池場2丁目1010番地
TEL : 052‐805‐1633
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